2009年5月
昨年10月の訪日時にJANUSの皆さんにお目にかかることができました。エッセイのテーマ候補としてたくさんの話題が思い浮かぶのですが、「Dr.マーカスの部屋」に寄稿できる機会は数回しかないので、アイデアを書き出してどの話題を取り上げるべきか希望を尋ねてみました。知識管理(Knowledge Management)の話題が人気があったので、今月のテーマとしました。
他に候補として様々な話題を提示したにもかかわらず、この原子力専門家集団が知識管理というテーマになぜそれほど関心を持つのか興味がそそられましたが、まずは「知識管理とは何か?」という問いに答えることから始めます。
群盲象を撫でる
知識管理は、ここ10年余の間に原子力業界にとって非常に重要なテーマになっている。ところが、原子力界の様々な分野で話をしていると、知識管理についてのイメージが一人一人違っているように感じられる。そのため、私の著作や講演では、知識管理を古代インドの盲人と象の寓話(群盲象を撫でる)に例えて説明したりする。
この寓話は、目の見えない人達が象を撫で、それぞれが自分の触れた部分の印象から象について述べたという例えである。彼らは触ることでしか知覚情報を得ることができないので、彼らが象について抱く印象は象の身体のどこを触るかでほぼ決まる。一人目は、その象の分厚い皮膚を触りながら、あーと呟きこう言う。象はきっと壁のようなものだ。牙を掴んだ二人目は、そんなはずはない、象は槍にとても似ていると言う。もう一人は尻尾を握り、いや違う、象はロープに似ていると言う。脚を触った人は、象は樹木の幹に似ているに違いないと思う。耳が動いたときの風を感じた人は、象はうちわに似ていると思う。象のくねくねした鼻を掴んだ人は、象は蛇に似たものだと想像する。
( 注:この寓話には幾つかバージョンがあり、引用する象の身体の場所が違ったり、盲人が下す結論が違ったりする。私が紹介した例は、子供の頃に聞いて覚えているジョン・ゴッドフリー・サックス(1816〜1887)の詩から引用した。この詩の全文については、http://www.noogenesis.com/pineapple/blind_men_elephant.html 参照。この寓話の別のバージョンや起源は多くのウェブサイトで紹介されている。例: http://en.wikipedia.org/wiki/Blind_Men_and_an_Elephant )
知識管理とは何か?
まず、知識管理について原子力業界の様々な分野で議論したときに耳にした二大テーマの話から始めたい。
データ保存 :
私はキャリアの大部分を研究プログラムに費やしてきたので、知識管理のアイデアに初めて遭遇したのは当然ながら研究界である。初期の原子力開発で集められた研究データの多くが適切に保管・保存されていないことが大いに懸念されている。
理由は幾つかあるが、第一の理由は多分原子力産業の盛衰だろう。原子力開発プログラムの黎明期には、様々なタイプの設計を模索する多様な研究活動が開始された。しかし、多くの国で原子力の人気が低迷し、研究プログラムは中断され、時には急に中止されることもあった。将来利用できるように資料を適切に保管する時間も資金も意欲さえも無かった。
廃棄されたり、経年劣化する磁気テープのような媒体に保存されたり、ラベルのない箱に保管されたりして、恐らくもはや回復できないデータも多いだろう。研究者達の実験の記憶から空白を埋めることができるかもしれないが、彼らも高齢化し、ほとんどの人は引退している。残念ながら亡くなられた方もいれば、記憶が薄れてしまった方もいる。記憶を引き出す必要があるなら急がなければならない。
最後に、研究施設の多くが閉鎖され解体されてしまった。このため、今日、原子力への関心が再び高まっているが、初期の結果を再現できる施設はもうないのである。
知識管理のこのような側面を表す言葉はいろいろある―たとえば、知識保存、データ保存、知識生成、データ収集・分析 など。これらの言葉は、新たな情報を生成し、その情報を分析し、情報を利用できる形態で維持することを考える点で共通している。
この問題は、米国のように原子力プログラムが長期間中断した国で最も深刻である。日本のように中断があまりなかった国では、問題は比較的限定されるだろう。ただし、日本を含め多くの国で長い年月の間に研究活動のなんらかの方向転換を経験しており、程度の差こそあれ同様の問題を抱えている。
知識の移転と保持 :
研究界以外では、経験豊富な労働者の知識を次の世代に伝えるニーズの高まりが最大の懸念事項である。研究界と同様に、問題の根源は開発初期の労働者の年齢である。長年プラントの建設や運転に携わってきた労働者の多くは既に引退し、引退予備軍はさらに大勢いる。原子力業界は、ほぼあらゆるものに関して手順書や明確な規制が整っているように見えるが、実はまだ相当の活動が個人の経験に基づいており文書化されていない。
この種の知識、いわゆる暗黙知 は、研究活動、原子力発電所や他の原子力施設の運転、建築家やエンジニアの仕事、建設作業、検査官や規制当局の監督活動など、原子力に係るあらゆる活動に当てはまる。
この問題もやはり、原子力産業の規模が大幅に縮小した国で最も深刻である。そのような国では人材のサプライチェーンが崩れている。大学の原子力分野の学科が廃止され、研究・訓練炉が閉鎖され、若者が原子力産業に魅力を感じなかった。原子力プログラムが縮小されなかった国ではこの問題の深刻度ははるかに低い。
原子力界はなぜ憂慮しているのか?
今日の原子力業界でなぜ知識管理に特別な関心が集まっているのか疑問に感じるのはもっともである。結局、前述の定義に基づくと、知識管理は原子力分野のあらゆる活動の一環として日常的かつ継続的に行われるべきものなのだ。常に研究結果を分析し、定期的に結果を報告する論文を発行し、各研究プロジェクトの最後には重要な資料を文書化し検索可能な方法で保存する。そのようなことは、通常の研究活動の一環である。新入社員には常に指導、教育、OJTを行い、熟練労働者の知識を伝える必要がある。そのようなことは、優れた先見の明のある企業や組織の通常の業務の一環である。
また、このようなことは全て他産業でも共通である。航空機、建物、自動車、船舶、工場、人が想像できる他のあらゆる物の建造・運転に携わる者は、必ず研究結果を利用可能にし、経験知を次世代に伝える必要がある。
原子力業界が他産業と異なるのは何か?そして今日、なぜ知識管理にそれほど関心が集まっているのか?基本的な相違と思われる点について既に前段で触れた。世界の多くの地域で原子力業界が深刻かつ大幅な規模縮小の憂き目に遭ってきたことは事実である。その間、研究は中断された。瞬く間に資金が引き上げられ、研究者は研究プロジェクトの最終ステップ、すなわちデータ分析や結果を発表する論文の作成・発行の機会さえないケースも多かった。雇用の機会は失われ、既存施設の運転は高齢化し先細りする労働者の手に委ねられた。原子力産業に「新しい血」をもたらすはずの流れは途絶えた。
原子力産業がこのまま衰退し続けるなら、問題はそれほど深刻ではない。原子力発電所が運転し続ける限り、また、今後、原子力発電所の廃止措置が予定されている限り、ある程度の労働者の補充が必要となるのは事実である。ただし、そのニーズはより限られたものである。既存の発電所が徐々に閉鎖されれば、新規労働者のニーズも減り続けるだろう。新規建設がなければ、原子力分野での熟練労働者のニーズも限られるだろう。老朽化する研究データファイルの需要も限られてくるだろう。
知識管理の問題が今日の原子力業界にとって大きな論点となったのは、原子力産業が復活してきたためである。今後、原子力発電所の新設炉の数が増加すると予想されている中、新規労働者のニーズが急激に高まっている。原子力産業は専門的訓練を受けた専門技能を有する人材を必要としているが、予備人材は限られている。新規プラント建設には熟練建設労働者が必要であるし、プラントを運転するには、熟練プラント運転員や保守技術者が必要である。同時に新型炉の研究の機運も再び高まっており、過去の研究をどのように活用するかという現実的な問題に直面している。
当然ながら、前述したように原子力プログラムの大幅な規模縮小を経験しなかった国では、問題はそれほど深刻ではない。しかし、我々はグローバル経済の中で生きており、世界中で原子力への関心が高まれば、過去数十年にわたり磐石な原子力プログラムを維持してきた国であってもなんらかの影響を受ける可能性がある。米国のような国では、特に技術分野の大学院レベルでは学生人口の多くを留学生が占める。従来、これらの学生の大部分は卒業後も米国に留まり、米国で就労してきた。しかし、母国で就労の機会が増えれば、米国に留まる学生の割合が減少する可能性がある。また、原子力プログラムに乗り出す国の中には、高給や魅力ある雇用機会を提供して世界中から労働者を誘致できる国も出てくるであろう。
したがって、知識管理について考えることは原子力業界全体にとって重要である。
我々に何ができるか?
原子力工学教育・訓練プログラムの拡大 :
教育と訓練を受けた労働者を供給するパイプラインを拡大する必要があることは明白である。多くの地域で既にそれが始まっている。アジアでも最近、日本や韓国の複数の大学で新たな取り組みが発表された。原子力プログラムを新設する日本の大学としては、武蔵工業大学(早稲田大学との提携により)や福井大学がある。また、福井工業大学や東京大学も原子力専門課程を再開設している。韓国原子力安全技術院(KINS)や韓国科学技術院(KAIST)も特にアジア原子力安全ネットワークのメンバーに的を絞った合同修士プログラムを提供している。
米国では近年、複数の大学で原子力工学プログラムや原子力技術プログラムが新設された。政府がこれらのプログラム開設資金を支援した(当初はエネルギー省(DOE)、現在は原子力規制委員会(NRC)が拠出)。この支援は、人的要素(奨学金、フェローシップ、教授への助成金)とインフラ(原子炉や他の施設)の両方をカバーした。また、政府の支援に加え地元の原子力産業も様々な方法で大学を支援してきた。原子力産業は奨学金を提供し、地元の大学に非常勤教授を送り込み、設備や施設を提供し、その他の産学連携事業に参画した。
しかしながら、原子力の復興を持続するには、さらに政府および産業界の支援が必要である。産官の間の厳密な支援分担や支援の性質は、国により、また大学と主要原子力企業の距離や大学の具体的なニーズにより様々である。
主に大学について話してきたが、建設業の熟練労働者向け訓練を拡充する必要性を無視すべきではないと指摘しておきたい。すなわち、コミュニティカレッジや当該労働者訓練機関に対する支援も必要である。
実地訓練の強化 :
ほとんどの大企業は、既に新規採用労働者向けのプログラムを設けている。それは、社内講習、シャドウ研修(熟練労働者に付いて現場を見学・体験する)、公式/非公式のメンタリング(社内指導教育)プログラム、ローテーションやその他の伝統的手法を組み合わせて、新規採用労働者に職務遂行上必要な専門知識を提供するものである。事業拡大に着手した企業では、これらのプログラムを拡充する必要がある。事業拡大を計画するときには、そのような拡充に要するコストを考慮に入れなければならない。場合によっては、退職者が引き続き元雇用主の顧問として後任者の訓練を手助けする方策を設けることも必要となる。
コンピュータを利用した自習モジュール、閉回路テレビ講義、ブリーフィングのビデオテープや映像資料のオンラインデータベースなどの技術を最大限活用することにより、ある程度の節約を実現できる(また、多分効果も高まる)。それらを活用することにより、移動の必要性が最小限に抑えられるし、複数の場所の従業員が同時に最も効果的なトレーナーの指導を受けることができ、従業員は最大限柔軟に訓練を受けることができる。これらの機能の中には立ち上げ時に莫大なコストを要するものもあり、可能ならば企業間でリソースを分け合うことを考慮すべきである。勿論、一部の訓練は、あくまで企業や施設独特のものであろう。他にも企業がすべてを共有できるわけではない理由があるかもしれないが、多くのものは共有できる。オーナーズグループや業界団体等、現在も既に企業間で協力体制を促進する多様な組織が存在する。米国原子力発電運転協会(INPO)などの機関は、現在、産業界全体での研修活動の推進に取り組んでいる。このような組織は、一企業、特に中小企業が単独で開発できないようなコンピュータモジュールや訓練教材の開発に、プールしたリソースを提供することも可能である。
研究の保存 :
私の考えでは、最も厄介なのが古い研究データの活用である。この研究に莫大な資金が費やされてきた。テープ類の老朽化が進み、当時を知る研究者が居なくなるにつれ、何かを回収する可能性はこの先ずっと低くなるだろう。にもかかわらず、現時点でさえ過去の研究をあまり活用できないのが実情である。そこには様々な潜在的問題が横たわっている。たとえば、データや実験情報が不完全である、初期の実験では精度やデータポイントが今日容認できる水準に達していない、そして事物やプロセスについてなされた研究がもはや重要性を失っている場合もある。
古い研究に価値がないとか、古い研究を保存する努力をすべきではないと言っているのではない。単に、何をどれほど保存するかの選択に理性的な判断が必要なのである。私が古い研究結果の保存の必要性という問題に最初に直面したのはDOEで働いていたときである。私が所属する部署にデータ保存の予算を求めてきた人々との対話を通し、すぐに以下の2点が判明した。1) 保存する価値があるものを判断するためのプランを誰も明確に示すことができなかった、2) あらゆるものを保存するとなると莫大なコストがかかり、予算をすべて使い果たし新規研究予算が残らなくなる。
必要なのは、古い研究のうちどれを保存するか判断する体系的で規律のとれたアプローチである。考慮すべき要素を以下に挙げる。
その研究は今日重要性のある材料や条件(温度や圧力等)をカバーしているか?現役施設に関連する研究が最も重要なことは明らかであるが、施設が廃止措置段階にあるケースでも研究結果は役立つこともあるだろう。今日我々が取り組んでいる「新」技術に関する研究は優先順位が3番目かもしれないが、材料などの進歩により古い研究の関連性が低下する可能性がある。
その研究を再現できる施設があるか?研究自体も費用がかかるかもしれないが、多分、最も費用と時間がかかるのは新たに施設を建設するプロセスであり、新規研究の壁になる。したがって、今日結果を再現できる分野よりも、研究を実施できない分野の研究データの保存を優先すべきである。研究施設や実験を共有できれば関係者にとって大幅な節約が期待されるため、このような現時点での研究能力の評価はグローバル規模で行うべきである。
現存するものは内容や品質が活用できるだけ十分なものか?古いデータの本当の問題点は、多くの場合、その不完全性にある。様々な研究者が様々な場所に収集データを保存しており、その一部は失われているものもあり、データベースに空白が生じている。研究ノートに記録された実験装置やパラメータとデータのプリントアウトが一緒に保存されていないため、データに関する重要な情報が失われている可能性がある。保存媒体がひどく劣化していれば、完全なデータの取り出しは不可能か、または途方もないコストがかかるかもしれない。前述したように、設備が現存する場合古いデータの精度や分解能にはあまり価値がなくなっているかもしれない。
以上の尺度を厳格に適用すれば、価値がありそうな古い研究データは比較的少量となり、対応し易くなるのではないだろうか。データが差し迫って必要ない場合、またはただちに処理できない場合は、劣化がこれ以上進まないような方法で関連するデータを全て一括保存するとともに、将来の研究者が使い易いようにファイルの文書化やラベル表示を明確に行う努力が必要である。
最後に、繰り返すができる限り進んだ技術を活用すべきである。多くの研究ファイルをデジタル化することにより、必要な物理的スペースを減らし、確実に保存し、関心がある研究者間でデータを共有できるようになる。ここで主に注意すべき点は、デジタル化したデータは保存メカニズムとしては必ずしも永久的なものではない。メディアによっては、経年劣化や環境が原因の劣化が生じる可能性もある(例:CD)。長年にわたる技術やプログラミングの進歩により、初期の電子ファイルは既に時代遅れとなっている。デジタル化したファイルを使用可能な状態に確実に維持する対策を講じる必要がある。そのような取り組みは、当初だけでなくその後も継続的にコストがかかることから、厳格なプロセスに基づきデータを選択する必要がある。
結論
過去数十年間多くの国で原子力産業の命運が変化した。今日、原子力に対する関心が世界中で高まっている。こうした中で、全ての原子力活動で重要な知識を保存し伝達することが産業界全体の問題となっている。原子力産業は、既に教育・研修プログラムの拡充や他の手段でこのニーズに対応している。原子力の復興を最も効率的かつ効果的に促進するためには、これらの分野でさらに努力が必要である。
***
いつもと同様、本件に関するご意見をお寄せいただければ幸いです:
ghmarcus
alum.mit.edu.
(注:@マークは画像で表記しています。メール送信の際は画像を@に変えて下さい。)
ゲイル・マーカス